【雑記】夫婦間の喧嘩。ケーススタディーに学んでみる。

雑記
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 こんにちは、satoです。私は生来、人と揉めることがとても苦手です。出来るだけ回避するようにしています。理由は、すごく疲れるからです。精神的に疲れることがとても嫌なんです。

 私を知っている人は「怒ったのを見たことがない」はずです。精神的に疲れることはやりませんし、そもそも怒る前に話し合いをして解決するからです。

 ではなぜ、妻とは喧嘩してしまうのか。そのあたりを、実際にあったことをモデルに考えてみたいと思います。

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1.喧嘩したくはないのが本音。なのにどうしてぶつかってしまうのか

 いつでも仲良く、波風立たないのが理想ですが、ぶつかってしまう瞬間があります。それは、妻から「聞き捨てならないこと」を言われたときです。特に、「トイレの電気消すの忘れた」みたいな、ほんの些細なことに対して、釣り合わないような強さで怒られたりすると、、、こちらもちょっと、カチンと来てしまいます。「何回言ったらわかるのよ~!だからあなたはダメなの!」とかね。何回言っても、「これから一生、トイレの電気消すことを忘れません!」と約束することは出来ないし、こういう系は、生まれつき忘れやすくて親にもよく怒られてます。今では妻も、ある程度理解してくれた(と思う)ので、厳しく言わなくなってくれました。悪いとは思っているんです。が、生きるうえでさほど重要ではないことを徹底する自身はちょっと無いです。※但し、私もなるべく忘れないように気をつけるようになっていて、言われる頻度は減っています。

 怒るメカニズムは多分単純。

怒る原因がある→②怒る→③相手にぶつける

こんな感じだと思います。この中で、③相手にぶつける という箇所があるのですが

③相手に、自分の気持ちをわかるように説明する

とすればどうでしょう。

怒る原因がある→②怒る→③相手に自分の気持ちをわかるように説明する。

私は昔からこのタイプで、「こういうことがあると、私はこう思うので、改善できないですか?」と説明します。感情的にぶつかることはしません。感情的にぶつかれば、相手も感情的になってぶつかり返すか、萎縮して何も話してくれなくなるからです。いいことないですよね。

私が妻に対して、どうして怒ってしまうのか。もう一つの理由があります。それは

妻は一生のパートナーであり、回避する事のできない存在

だからです。回避してはいけないとも思っています。一生の大切な存在だからこそ、流すことが出来ず、ぶつかってしまうのだとも言えます。

2.ケーススタディーに学ぶ。最近あった喧嘩の事例

 最近、こんなことがありました。

 休日、私たち夫婦は、洗濯物を近所のコインランドリーに持っていって、乾燥機で衣類を乾かしました。その間、コンビニに行ったりして、最後は車の中で待機。

 時間が来たので、「自分が取り込んでくるよ」と妻に言い、乾燥した衣類を袋に取り込み、車に戻る。

妻「忘れ物ないかな?」

私「ないよ。全部取ってきた」

妻「!!入り口に靴下落ちてる!ちゃんとやってよ!」

私「チッ、、。(取りに行く)」

妻「ちゃんとやってよ!」

私「自分ではちゃんとやったつもり。だったら自分でやれよ」

こんなやり取りがありました。

 私の言い分としては、「自分なりにちゃんとやったつもりだし、そもそもそういう落し物をしないように、いつもなら洗濯物をちゃんと畳みながら袋に取り込むから、そもそも落とすことはない」です。この日は、妻が家に帰ってから畳むというので、自分的には落し物がないように気をつけていたつもりでした。

 対して、妻の言い分は「つもりでは意味が無い。やるなら(ミスのないよう)ちゃんとやってほしい。」というものでした。このことを発端として、約一時間後、家でまあまあ大きめな喧嘩になってしまいました。

3.何がいけなかったのか。

 何がいけなかったのか。どうして喧嘩に発展してしまったのか。

私の考えは「自分は仕事もしているけど、休日は家事を手伝うことになんの文句も無い。むしろ手伝ってあげたいと思っている。但し、出来る範囲で。ちょっとしたミスがあってもそこは許してほしいな」というものです。

これに対して、妻は「やるなら、(出来るだけ完璧に)やってほしい。結局自分が後でやる羽目になるなら、やってもらう意味が無い」というニュアンスだったと思います。

 私は私で、「家事を手伝っているんだから文句言わないでほしい。そもそも手伝ってもらえない家庭だってあるんだし。」という気持ちがどこかにあったのかもしれません。だから、カッとなって「自分でやれよ」なんて言葉が出たんだと思います。酷いことを言ったと反省しています。

 これを踏まえて、妻に理解してもらいたいこともありました。

 「誰かが手伝ってくれた時点で、それは0以上になる。だから自分で後で掃除などの手直しをすることになっても、すでに誰かがやってくれた分があるから、0からやるより楽なはず」ということです。

 やり直さなければならないほど、酷い掃除とかするわけがないので。そこはわかってほしいなと思いました。ちょっとでもやってもらった時点で、それはもう得していることになってると思うんです。

 お互いの「手伝う」という言葉について、意味合いがそれぞれ違っていたのだと思います。今は妻がどのレベルで考えているのかわかったので、今後は大丈夫だと思います。

4.「頼む」ことに対する、気持ちの在り方

 人に何かをお願いする場合、私は最初から「頼んだことが達成されなくても相手を責めない」ことに決めています。どうしても達成したいことは、人に頼んではいけないと思っているからです。人頼みにして、本当に大切な何かを達成できなかったら、一生悔やむと思うんですよね。

 逆に、頼まれ事を引き受けたら、なるべく達成しようと頑張りますし、出来なかったらちゃんと謝罪し、次につなげます。

 世の中には、絶対に出来ると言い切る事象は存在しないし、逆もまた然り。全てはやってみて「出来たか」「出来なかったか」という結果が残るだけだと思います。但し、「出来る」という確率を上げるために、誰もが練習するんですよね。掃除の練習、料理の練習、、、、色々と。

5.ぶつかり合うことで大事なことを知る。共有する。

 夫婦になってから、喧嘩(というほどではないが)が増えたのかもしれません。でもこれは、より深くお互いを知るために必要なことなのかもしれないな、と最近思うようになりました。ぶつかり合うのは本当に苦手ですが笑

 お互いがどういう考え方を持っているのか、これからも知って、理解し、尊重しあいたいなと思います。(でもなるべくぶつかるのはこれからも回避しますが笑)

このブログは妻も見ているので、内容に間違いがあった場合は後で直すこともあるかもしれません。

 

 

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